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TOP > インタビュー > Vol.3 駒崎 弘樹 氏 (NPO法人フローレンス 代表理事) > 1/3ページ
2007.03.01更新
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「突然病気になった子どもの面倒を誰が見るか」というのは、簡単に仕事を休むわけにもいかない共働きの夫婦にとっては頭の痛い悩みである。なぜなら普段子どもの面倒を見てくれている保育園は集団保育のため、病気の子どもの面倒までは見てくれないからだ。

「病気になった子どもを看病するために会社を長期間休んでいたらクビになった」。そんなそんなベビーシッターをしている母親の話に憤りを覚え、病児保育業界の変革に立ち上がった駒崎氏。

彼はこれまでどんなアイデアを思いつき実行してきたのか。そして、事業を通して何を変えて、誰を幸せにしていきたいのか。そのビジョンと戦略を聞いた。

(文:内山 遼子)

駒崎 弘樹 氏 プロフィール

1979年9月18日、東京都江東区生まれ。99年慶応義塾大学総合政策学部入学。01年(有)ニューロンに共同経営者として参画し、株式会社化後、同社代表取締役社長に在学中に就任。学生ITベンチャー経営者として、様々な技術を事業化。

同大卒業後、「地域の力によって病児保育問題を解決し、育児と仕事を両立するのが当然の社会をつくれまいか」と考え、 ITベンチャーを共同経営者に譲渡。退社し、「フローレンス・プロジェクト」を学生時代の後輩と共にスタート。04年内閣府のNPO(特定非営利活動法人)認証を取得、代表理事に。

05年4月から江東区・中央区にて全国初の「保険的病児保育サポートシステム」である『フローレンスパック』をスタート。2012年までに東京全土の働く家庭をサポートすることを志す。

フローレンス ホームページ: http://www.florence.or.jp/

ベンチャー経営者時代に感じた違和

駒崎氏のストーリーは、慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス在学中に、ITベンチャー企業であるニューロン社の会社経営に参加することから始まる。

当時「ニューロン」の社員はほとんどが技術者で経営を得意とする人がいなかった。そのような状況の中、経営学を学んでいた駒崎さんに、「もしよかったら経営を手伝ってください、いや、社長になってください」という誘いがきたのである。こうして彼は、社長として仕事人生を始めることになった。

最初は、大学生にも関わらず数千万円のお金を稼いでいることや、大企業と渡り合うことにやりがいを感じていた。しかし、2年もするうちに彼はじわじわと違和感を感じ始めた。「自分は本当にこの仕事にやりがいを感じているのか」。その違和感を抱えたまま仕事を続けるのは苦しみだった。

そしてモチベーションが下がってしまい、彼は二日間の休暇をとり山にこもることになる。

 

社会に役立つことがしたい

山奥で電波が届かないところで、浴衣姿で、体育座りしながら「自分は何がしたいのか」をノートにつらつら書いていった。そこで結局たどりついたのは、「社会に役立つことがしたい」という想いだった。

しかし、「社会に役立つ何かをしたい」と考えたとき、それで生計を成り立たせていくことが難しいということに彼は気づいた。彼は壁にぶつかってしまったのである。

そしてある日、アメリカでは「社会に役立つ仕事」とはどういうものなのか疑問に思い、漠然とアメリカのNPOのホームページをネットサーフィンしていた。

そこでびっくり。アメリカのNPOのホームページがかっこいい。

それまで彼は、NPOに対して「家内制手工業みたいに、割烹着みたいなものを着て小さな規模で動いている」という勝手なイメージを抱いていた。しかし、そのイメージに反して、アメリカのNPOをとにかく格好よく感じた。

そこで彼はアメリカの状況をさらに詳しく調べていった。

 

ソーシャルベンチャー(社会起業)の時代が到来する

レーガン大統領以前のアメリカのNPOは、自治体や政府など行政からの補助金を主な収入源にして活動していた。補助金を受け、公的機関のサービスをNPOが代行する。つまりNPOは行政依存のかたちで活動していた。

しかし、「小さな政府」を標榜するレーガン大統領が就任すると、NPOに補助金が下りてこなくなった。その結果多くのNPOが経営を続けることができなくなり、解散に追い込まれた。

しかし、生き残ったNPOの中には「自分たちの力で食べていけるようにしよう」という意識に変わり、ビジネスの手段、戦略を用いて自分達でお金を稼ぎながら、「最小の資源で最大の効果」を出すように社会問題にアプローチしていくようになった。

このようなアメリカの状況を見て、彼は、ソーシャルベンチャーが活躍する時代の到来を感じとり、「これは面白い、自分でもやれるかもしれない」と思った。

 

「熱を出した子どもを親が看病してクビになるってどういうことだ!」

では、自分はどの分野に取り組もうか。

そう考えた時、彼の頭によぎったのは、病児保育というキーワードだった。病児保育とは、風邪や発熱など軽度の突発的な状況(そんな時は保育園が預かってくれない)で子どもを預かり、ケアすることを指す。

以前、彼の母の知人が、熱を出した子どもの看病で長い間会社を休んでいたら、解雇されたということがあった。その話を聞いた彼は憤りを覚えた。

「子供が熱を出すのは当たり前。親が看病することだって当たり前。それにも関わらず会社をクビになるってどういうことだ!」

自分が小さい頃は、地域のおばさんが自分達を預かってくれた。だから母は自営業で働くことができた。しかし現代では、地域の人たちが子育てに手を貸すような関係が減っているため、ワーキングペアレンツの子供が病気になったときにサポートをする社会的システムが無いのである。

「よし、病児保育でソーシャルイノベーションを起こそう」

こうしてフローレンスは始まった。

 

 
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