奥野 慧 / 第1期生(2009年度)、元不動産会社勤務
新潟県魚沼市出身。24歳。高校時代はプロサッカー選手を目指すも挫折。大学は関西学院大学に入学し、入学当初よりNPO法人ブレーンヒューマニティーにて京阪神の高校生を対象に国際ワークキャンプの企画・運営に従事。国際関連事業部長として、新規海外事業の開発など、海外事業の改革・拡大に大きく貢献。
その後、起業を目指し、大学を中退。起業の修行にと入社した不動産会社がリーマンショックを契機に、1年で経営破綻。

そんな奥野くんが考える起業のテーマは「地域の特性を生かした若者のキャリア学習」と「農業を通した地域の活性」だった。
奥野くんは、地元の中学に通い、親の進める地元高校に進み、何となく周りと親の意見で大学に進んだが、NPO法人ブレーンヒューマニティーに出会わなければ、「親や世間が認める」企業にそのまま就職していたと振り返る。自身の経験やNPOでの活動を通じて、中高生・大学生の時期に異文化・異世代・他地域との交流が、多様な価値観を認め、様々な選択肢を持ち、自ら志向して進路決定を行うことが出来る若者を増やすことに繋がると感じていた。
また、最も美味しい米を作る南魚沼市に生まれ、18年間、地域の人々や農作物に育てられたと自負する奥野くんは、帰省する度に、衰退が進んでいく地域の現状、後継者不足で廃業を余儀なくされる農業の復興に特に問題意識を感じていた。地方の衰退は他人事ではなく、解決しなければならない自分の使命だと思っていた。
起業に向けたステップについて真剣に考えていたとき、次世代社会イノベータープログラムと出会い、ここであれば最適なステップが踏めるとエントリーを決めた。
乳製品やお米の販売・マーケティングで、新たな市場を作りだす
参画したのは、アミタ株式会社が経営する自然共生型牧場「森林ノ牧場 丹後」。
持続可能社会の実現を目指し、再資源化事業を始め、「循環型システム」をつくる取り組みを続々と展開、2006年にはヘラクレス上場を果たしたアミタ株式会社。そのアミタが、京都府京丹後市において、これまでの事業で培った様々な経営資源を組み合わせ、自然や文化など、地域資産を活用して地域の価値を引き出す事業を展開、その基点となるのが「森林ノ牧場 丹後」だった。
奥野くんのミッションは、森林ノ牧場やその周辺で作られる乳製品やお米を地元丹後や京阪神地区で販売活動をすることで、新たな市場を作りだすことだった。
京都市内や丹後の飲食店や旅館をまわり、ニーズを聞きながら、法人営業を繰り返した。奥野くんは、持ち前の営業力で次々と成約を決めていく一方で、飲食店や旅館の声を製造にもフィードバックし、商品・パッケージの改良にも積極的に関与していった。
無農薬米・雑穀の生産というはじめての試みに悪戦苦闘しながらも、毎日笑顔を絶やさず、ほぼ1人で農業工程を行っている農家の方が作るお米。担当者が毎日寒い中、牧場内のプラントに立ち、けんしょう炎になりながらも世界一美味しいアイスを作りたいと製造に励むアイス。
奥野くんは、そんな生産者の想いのある商品の販売に日々携わることで、改めて、地域の想いや物語がある商品を、自分の手で都会の人に届けたいという想いを強くしていった。
経験を糧に次のステップへ
2009年2月中旬、次世代社会イノベータープログラムの実践期間を修了し、現在は起業の準備を進めている奥野くんだが、アミタでの経験をもとに、想いを持った生産者と、こだわりの商品を扱いたい企業・飲食店・宿泊施設・教育機関に、直接訪問による営業活動をすることで地域と都市を直接結ぶルートの構築を実現する事業を模索中である。
